オリンピック代表選手である黒後愛選手。
黒後愛選手はスパイクが強烈で、東京オリンピックではエースとして活躍が期待されています。
そんな黒後愛選手のバレー経歴やプロフィールをまとめました。
また、黒後選手の強烈スパイクや弱点などをご紹介しつつ何故黒後選手が下手と言われるのか?についてもご紹介します。
目次
黒後愛のプロフィール

- 黒後愛(くろごあい)
- 生年月日:1998年6月14日
- 年齢:23歳(2021年現在)
- 身長:180センチ
- 体重:69kg
- 血液型:B型
- 最高到達点は306cm
- 好きな言葉・座右の銘:笑う角には福来たる
- 出身地:栃木県宇都宮市
- 横川西小学校
- 若松原中学校
- 下北沢成徳高校(東京)2、3年時の春高バレー2連覇。
- 2017年にVリーグ1部の東レ入団、日本代表の登録メンバー入り。
笑顔がとっても可愛いと人気のある選手です。
黒後愛のバレー経歴
黒後愛さんバレー競技人生を辿ってみます。
小学校でバレーを始める
黒後愛さんは、宇都宮市横川西小学校時代の3年の時にバレーボールを始めました。
地元クラブチーム「サンダース」では、基本を叩き込まれ、
全体練習開始前のアンダーハンド千回、オーバーハンド千回というパスの反復練習がバレー人生の原点になっていると言います。
中学校時代に優秀選手賞獲得
市立若松原中学校2年生で全日本中学選抜に選出されました。
3年で出場した全国都道府県対抗中学バレーボール大会では、栃木県代表チームは2回戦敗退となりましたが、優秀選手賞を獲得しています。
高校で春高バレー2連覇
出典:Number Web
下北沢成徳高校(東京)に通っていた高校生時代。
高校は時代はコートキャプテンとして、2、3年時の春高バレーで2連覇を果たしています。
出典:Number Web
2014年6月には東京オリンピックの強化選手メンバーに選出されました。
2015年には全日本ユース代表に選出。
2015年8月に開催された第14回世界ユース女子選手権大会に出場し、ベストサーバーに選出されました。
東レ・アローズへ入団
2017年名門・東レへ入り、全日本の登録メンバーに。
東レ4季目の2020年は初めて主将を任されています。

黒後愛選手の強烈スパイク!プレースタイルは?
エース・黒田愛選手のプレースタイルはどのようなものなのでしょう。
黒後愛選手の強烈スパイク
黒後愛選手の特徴は、攻撃力・爆発力が凄い!ところ。
ブロックに当てて弾き飛ばす豪快なスパイクが特徴です。
日本の女子バレーの選手は、ブロックの間やブロッカーとレシーバーの間を綺麗に抜く技で勝負する選手が多いそうですが、黒後選手は違います。
その圧倒的なパワーで攻撃を繰り返し、スパイクを打ちまくります。
3年前のインタビューで
どんな高いブロックが来ても
強いスパイクで戦いたいと答えていた 黒後選手
あと15日と迫ってきた五輪本番
黒後愛らしく
思いっきりプレーして欲しいそれがきっと一番
黒後選手がチーム貢献できて
そして多分
五輪を楽しめる道なんじゃないかな応援してるよ pic.twitter.com/MJ6RlCTlDb
— コバ (@ohyeahpancakes1) July 8, 2021
黒後選手が東レ・アローズ入団時からのコーチである越谷監督は、
黒後選手のバックアタックを「女子選手であれだけ叩ける選手はいない」と評価、
また、オーバーハンドでのサーブレシーブも高く評価しているようです。
日本代表の中田監督は、「スイッチの入ったときの打力や読み、スピードは外国選手に引けを取らない」とエースとして大きな期待を寄せています。
黒後愛選手の弱点
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強烈なスパイクが武器の黒後選手ですが、弱点もあります。
黒後選手は感情の起伏が激しいと言われています。
「決めたい、自分が決める、と前のめりになりすぎて、決まらなくなると周囲に対しても壁をつくってしまう」と、感情の起伏が激しいことを指摘されています。
そして、「感情の起伏が激しいことは本人も自覚していて、強い言葉が出てしまわないように、言いたいことが言えなくなってしまっている」と、
黒後選手の2歳上で東レの副主将を務める白井美沙紀選手は言っています。
「愛はすごく繊細で実は人と関わるのが苦手。しかも自分の言葉が強いのをわかっているから、(昨季)キャプテンになってからは周りに気を配るようになりすぎて、言いたいことも飲み込むようになったんです。もっと周りに言っていいんだよ、と伝えたら、本人の中には“リトル黒後”が3人ぐらいいるらしく、『言葉にする前に“リトル黒後”と会話してから言うんです』って。冗談みたいだけど、愛の中では相当我慢しているんだと思います」
引用:Number Web
黒後選手は実は高校時代にもチームメイトに対して厳しく当たっていたようなのです。
黒後選手は高校時代にチームを引っ張っていく存在でした。
勝てると言われていたチームの気が緩まないように敢えてチームメイトには厳しく接していたようです。
「成徳は小川先生が怒ったり、指示を出したりするのではなく、自分たちで考えてやらなければならないチーム。自分で自分を限界まで追い込むことはすごく難しいことだと思いますし、誰かに言われて気が付くこともたくさんあると感じたので、言いにくいようなことも自分が言うようにしてきました。そういう苦しい場面を作って、それに耐えていかないとダメだな、と」
引用:Number Web
ですが、他人に厳しく接するには自分にも厳しくしないといけないと思った黒後選手。
「人に厳しく言うのであれば、まずは自分がやらなければということをすごく意識していました。自主練も最後まで残って練習するとか、朝練も一番最初に体育館に行くとか、そういうことは絶対にやろうと自分の中で決めていました」
引用:Number Web
黒後選手がコミュニケーションに悩むのは、この頃からの周りへの関わり方が影響しているのかもしれません。
そして、そんな黒後選手の性格が影響しているのでしょうか。
黒後選手はストレスがたまるとクマができるようです。

黒後愛が下手言われていたのは何故?
出典:バレーボールマガジン
黒後愛選手について調べていると、ヘタというワードが検索されているようなのです。
どうして、黒後選手が下手と言われているのか、気になります。
どうやら石井優希選手や古賀紗理那選手と比較されて、このような意見が出ているようです。
というのも、木村沙織選手の後継者は誰なのか?をメディアが必死になって探していた時に、古賀紗理那選手や黒後愛選手、石井優希選手、石川真佑選手の名前が上がっていて、
比べられたことで、このような「ヘタ」という声が出てきたようです。
選手それぞれの良さがありますし、好・不調もあるので、一概には言えないと思うのですが、黒後選手にとってはマイナスな表現が出てきてしまったのです。
また、こんな意見もありました。
黒後愛選手を低く見る声も過去にはあったようですが、歴代の黒後選手の監督やコーチは黒後選手を高く評価しています。
またオリンピックではエースとしてチームを引っ張っていく存在にまでなりました。
このオリンピックでは活躍を期待したいですね。
黒後愛の東京オリンピックの意気込み
オリンピック前の苦しい時期からの脱出
これまでは、
「助走と打つまでがマッチしていなくて、ボールと身体が別。連動していないまま打っているイメージで、なかなかしっかりボールを叩けていない感覚があった」
らしいのですが、オリンピック直前の試合では、黒後選手の中で「あ、こういう感じかな」とハマった感覚があったそうです。
オリンピックへ向けて、セッターの籾井選手と何度もコミュニケーションを重ねた黒後選手。
- 「トスは高く、ネットから離す」
- 「常に全力で助走に入る」
と互いが“約束”として繰り返したことで、黒後選手本来の強いスパイクが見られるように。
黒後選手の強烈なスパイクで、メダルをゲットしてほしいですね!
オリンピックの意気込み
出典:日テレニュース
オリンピックのメンバーに選出されたことは嬉しく思いますし、オリンピックまでの期間で更に自分自身のプレーと向き合っていかなければならないと思っています。私はチーム全員が繋いでくれたボールをただひたすら貪欲に得点に繋げたいです。オリンピックでベストパフォーマンスを維持するために、当たり前のことですが今一度自分としっかり向き合う時間を大切にしていきたいと思います。私たちを支えてくださっている方々や、見守ってくださる方々の心に届くようなバレーボールができるように頑張ります。
引用:バレーボールマガジン
黒後愛選手は、笑顔がトレードマーク。
甲高い声でチームを盛り上げてくれます。
「こんな時代だから、みんなが笑顔になるようなバレーをしたい」とオリンピックへの意気込みを語っています。
背番号1番の黒後愛さんをみんなで応援しましょう!
まとめ
黒後愛選手のプロフィールやバレー経歴についてご紹介しました。
強烈なスパイクが持ち味の黒後選手ですが、過去にはメディアで他の選手と比べられて下手だと言われたこともありました。
ですが、ご紹介した通り、黒後選手の今までのコーチや監督は黒後選手のことを高く評価しています。
可愛い笑顔の黒後選手ですが、その笑顔の裏ではたくさんの悩みや葛藤があったと思われます。
弱点や克服すべき課題などもありますが、黒後選手のモットーは笑顔となので、オリンピックでもその笑顔がたくさん見れることを楽しみにしています!



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